僕はメンターとか相談役とか度々させてもらっているけど、何か専門的なアドバイスをしているのかというと、、、やっていない。たまに昔の経験からもの言うことはあるが。。。今はほとんどない気がする。
その時、感じていることを分かち合うだけだ。
それで対話していると相手が勝手に何か大切なことに気づいたり、閃いたりすることが多い。
メンターはそもそも何なのか?
それはよくわからないが、一つだけ思い浮かぶこととしたら、相手と対話をしていて、愛の状態、中庸の状態に戻れる人なのではないかと僕は思う。そういう状態になると素直になるし、心も緩むし、インスピレーションが高まったりするのだと思う。
僕の考えるメンターにはどうやったらなれるのか?
僕は3つあるように思う。
①自分のあり方を磨く
これは日々、日常すべてのことだ。
・自分をごまかさず生きる
・外側の何かや観念・信念に囚われない
・自分を大きく見せないし、自己否定もない
・目の前の人を大事する
・心穏やである
・相手をコントロール、ジャッジ、期待をしない。などなど
と具体的にあげるときりがない。
自分がこれらすべてできているのかいうとできていない。僕は仙人でない。
しかし、自分のあり方を磨きたいという意思とある程度の自己認知はある。一生続く道のりです。
②相手の本質と語り合う意識を持つ
相手を対等かつ尊敬する視点に立つことがベースになる。
年齢がかなり下の相手の場合、自分が指導者モードになってしまったり、自分の方が知っているぞと優劣をつけてしまったりとどちらも無意識なので、経験上案外と難しい。
そして、こういう言い方したら失礼かもしれないけど、多くの場合AIロボットのようなロジック人格で人は話す。(僕もそうだった)しかし、その奥に隠れている本質的な人格、面白くてユニークな人格、輝いている人格を探しながら対話していくとその人だけの人格に出会す時があり、そのときはこの上なく嬉しくなる。
③対話中、自分も愛の状態と中庸の状態でいられることに集中する
この状態だと自分はハート全開でスッポンポンだ。相手にとっても安心安全な状態となるので、相手も鎧を脱げるのかもしれない。
①②③ははじめからわかってやってきたのかというとそうではない。僕の場合、数多くの人と対話してきて、振り返ってみてわかったことだ。
そして、これらは特にスキルは要らない。手法も学ぶ必要がない。僕は誰でもできると思っている。
なので、職場や家庭で僕の言うところのメンター的存在の人が一人でもいたら、愛の密度(人の数x愛の状態の時間)が高まり、とても良い世の中になると思う。僕の場合は祐ちゃん(妻)がメンター的存在だ。ブレブレで変になることが今もたまに、いやけっこう、、、あるからね😅
最後の問いの「どうしたら、メンターになれるのか?」
この質問はたまにされることがある。
僕が捉えるメンターの場合はメンターになろうといろいろ手法的・対応/解決策的に行動する(コーチング、書籍、セミナーなど)と実現はどんどん遠のくと思っている。それって誰のため?なんのためなの?結局、自分のためなんじゃないの?とメンターをやりたいという人の話を聴くたびにそれを感じることが多々あるからだ。
僕はメンターを目指したわけでなく、結果としてなっている。画家もそうだし、大学教授も社外取締役なども結果そうなっただけだ。メンターという名前でなくて、他の名称でもいいし、名称すら無くてもよいと思っている。
そして、いつもメンターとかなにかの役割で相手と向き合っていない。ただ、その人の本質や愛とつながりたいだけだ。その状態が僕にとっての歓びである。
どうしたらメンターになれるのか?
この問いの答えが結果としてか、、、
納得できない人もいるかもしれない。
その人たちのために伝えたい大事なメッセージがある。
【自分が納得する生き方をしているか?】
これをするには【勇気と自分の心に嘘がない行動】が紐着く。
そして、結果として、メンターになれるかもしれないし、なれないかもしれない。
なれなかった場合、もっとその人が輝く何かになれているに違いないと僕は信じている。